20160808-83

「福本選手のようになって下さい!!期待しています!!」

鈴木ははにかみながらもしっかりと私の目を見据え、力強く答えた。

「はい、頑張ります!!」

福本豊は子供だった私のヒーローだった。
通算1,065盗塁はリッキー・ヘンダーソンに抜かれるまでは世界記録だったし、今でも断トツのNPB記録だ。
2,543安打と打撃も素晴らしく、168センチと小柄ながらも208本塁打も記録していた。
そんな選手と比較されても怯むことなく「頑張ります!!」と答えた姿を見て、私はこの選手なら1軍に定着してタイトルを獲得できるかもしれないと思った。

私が知り合いにこの話をすると「その程度にしか思わなかったのか」と反問されることが多い。
しかし、私は才能があるといわれながらも1軍にすら上がれず、プロ野球界を去っていく選手をたくさん見てきた。
そんな中でレギュラーになり、タイトルを獲得すると思わせるのは尋常ではない。
ましてや、NPBの選手がメジャーリーグに移籍するなんて夢にも思えなかった時代だったからね。


イチロー01

1991年のドラフトのことを今でもよく覚えている。
オリックスはドラフト1位で関学の田口壮のくじを引き当てたけど、オリックスが不足していたのは投手だった。
だから、4位で指名された愛工大名電の鈴木も投手になると思っていたけど、通算打率5割の打撃センスを買って野手で育てることを知った。

鈴木は、オリックス入団後、センターに転向し、二軍で首位打者と盗塁王を突っ走った。
私は、快足のセンターだった鈴木に憧れていた福本の姿を見出した。
福本が引退して、ずっと心に穴が開いていたけど、この選手はその心の穴を埋めてくれるかもしれないと思った。
私は、彼に会ってみたいと思った。

私は平和台球場で二軍戦を観戦し、試合終了後に鈴木が出てくるのを待った。
「鈴木だ!!」
鈴木を見つけた私は彼に駆け寄り、「鈴木さん、サインして下さい!!」と頼んだのだ。
そして、緊張しつつも鈴木に話しかけたのだった。

私が持っているのは「鈴木」のサインだ。
このサインこそ、私の誇りなのだ。
なぜなら、誰よりも早く私はこの選手の才能を見出していたという証拠なのだから。
そして、7月11日、私は平和台で一軍に昇格した鈴木の初安打を見た。
未来の福本の初安打を見た喜びで私の胸はいっぱいになった。

しかし、このままレギュラーに定着すると思っていた鈴木だったけど、これ以降は出場機会が激減した。
才能があると思っていたけど、やっぱりダメだったのかなとガッカリしていた。
後に打撃フォームを巡って土井監督や山内打撃コーチと対立し、干されていたのを知ることになったけど、このときはその理由を知る由もなかった。


そして、1994年から近鉄で監督をしていたあの仰木彬がオリックスの監督に就任することになった。
鈴木は「イチロー」という登録名となった。
このセンスはさすが仰木監督だと思うよね!!

イチローは仰木監督によってレギュラーに抜擢され、破竹の進撃がここから始まったのだ!!
私と「福本選手のようになって下さい」と約束してくれたあの鈴木が、NPBシーズン安打記録を更新しようとしていたのだ!!
そして、1994年はNPB記録の210安打を記録し、.385、13本、54打点、29盗塁で首位打者を獲得したのだ。
私はあの鈴木がここまでの選手になったことに驚いた。
私の知り合いの全ての人に、私はイチローと話をしたことがあって、「鈴木」のサインを持っていることを自慢したのだった。

イチローの勢いは留まることを知らなかった。
7連連続首位打者を獲得して、福本2世どころか張本のNPB通算安打記録を更新しそうな勢いだった。


しかし、そんなイチローに転機が訪れた。
イチローがメジャーリーグに移籍するというのだ…。
いくらイチローでもメジャーリーグで活躍できるはずがないと私ですら思っていた。
メジャーリーグに行って失敗するくらいなら、ぜひNPBで張本の記録を更新してもらいたかった。
そして、私が見出したあの鈴木が海の向こうに行ってしまって、その活躍が見れなくなることを恐れたのだ。


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それでもイチローはMLBに移籍しようとした。
イチローは入札でマリナーズに入団することになった。
私は、正直いって、いくらイチローでも3割打てるとは思ってなかった。
しかし、イチローは.350、8本、69打点、56盗塁で、首位打者と盗塁王の二冠を獲得したのだった!!

まさかここまでやるとは夢にも思ってなかった。
「福本さんのようになって下さい」と期待したあの若者がついにメジャーリーグで首位打者と盗塁王まで獲得したんだからね!!

私も自慢ではないけど、そこそこ人気があった同人作家だ。
私の同人誌を買ってくれた人は1万人はいるだろう。
私はそのお客さんたち1人1人と話をしてきた。
人生で1万人と話をした経験のある人はほとんどいないだろう。
しかし、私が話をした人でいちばんすごい人はいうまでもなくイチローだと思う。

そして、2004年にイチローはメジャーリーグのシーズン安打記録を更新する262安打を放ったのだ!!
私も、NPBで「タイトルを獲得するかもしれない」とは思っていたけど、まさかメジャーリーグでシーズン安打記録を作るなんて夢にも思ってなかった。
どこまでも上がっていく「鈴木」のサインの価値…。


20160809-01

きのう、そのイチローはメジャーリーグ通算3,000本安打を達成した!!
あのはにかんだ笑顔を見せてくれた少年は、私と一緒にすっかりおじさんになってしまったけど、こんな大記録を達成してくれたのだ!!

イチローはきっと私のことを覚えてないだろう。
でも、私はあのときのことを忘れたことはなかった。
イチローは、私との約束を果たしてくれたのだ!!
あの偉大なる福本を超え、王を超え、張本を超え、日本史上最高の野球選手として君臨したのだ!!


1992年の初夏、私はイチローと会って、話ができたことを生涯誇りに思うだろう。
偉大な野球選手というのは、人生そのものだ。
私もイチローと一緒に年をとってきたけど、イチローと過ごせた人生は最高だったと私は思っているからね!!

イチローはまだまだ終わりじゃない。
そして、私も終わりじゃない。
イチローが頑張っているんだから、私も頑張ろう。
そう思わせてくれるのが一流の野球選手なのだ!!

たくさんの思い出をありがとう、イチロー!!
そして、これからも頑張ってね、イチロー!!